今日は、梅島オープンマイクがあるとすっかり思いこみ、

わざわざ行ってみたら・・・・

が~~~ん。

来週でした・・。

今日はなぜか、後ろから夫がついてきました。

この金魚のフンは何だろうか・・・と思いつつ

梅島、梅島、って・・・・

そんな、夫つきの身重、重たい身だったのに・・・

イベントやってないとは・・・。

最近こんなふうに、ほんとうにアホな間違いが増えています。

年のせいかな・・・、あほあほあほ。

ごめん、と夫に謝ると

「別に良いよ、それより西新井薬師に行こう」

と急にはしゃぎだしたので、仕方なく行きました。

護摩?をしていました(鍋焼きみたいなの)。

おみくじを引いて、おみくじに「不動心でゆけ」という旨のいつもながらの説教をされて、日曜日は終わりました。

 ◆  ◆

今読んでいる本「批判的社会語用論入門」より

  サールによると、約束を成功裏になされるための9の条件のうち

  条件7「約束する者は、約束された行為を遂行する義務を、自らに課すと

      異図するという条件である。

      自分が避けられない義務を負ったという認識を話者が持つときに

      のみ、ちゃんとした約束が成立しうる。」

わたしはこの文章を読んで、感動しました。ああ、そうだよ、そうだ・・・。

この世界のすべての約束がきちんと果たされたなら、どんなに気持ちの良いことでしょう!

 ◆

最近思うのは、他人に寛容な人間になりたいな、ということです。

わたしは昔から、正論を言うばかりで、なかなか他人に寛容にはなれない人間でした。たとえば、そうとは言ってなくとも、明らかに慰めを要求しているものの言い方があります。あるいは、すぐに約束をして、それをたやすく破ってしまうひとがいます。そんなとき、そのひとの事情をかんがみて慰めるべきだと思っても、なかなか素直に慰められない自分がいました。自分のなかには、自分は慰めやいたわりをされてこなかった、それでも強く生きてきた、自分に厳しく生きてきた、という思い上がりがあり、他人に対して、なぜわたしほど強くなれないのか、わたしほど努力できないのか、わたしほど約束を守れないのか、という、ひじょうに強い要求があったように思います。

そういうことがだんだんマシになってきたのは、自分がほんとうはいろいろな方から愛され、いたわられ、大事にされるようになってきたから、か、という気がします。人に尊重される、大事にされるって、なんだかうまくいえない、足をバタバタさせて暴れてイヤイヤイヤってすぐに打ち消したくなるような気分ですね。

それから自分だってじつはさまざまな約束を守り切れていないということ、人よりもずっと作業能率も遅くて不器用であること、たくさんの無駄なお金を使い、たくさんの不義理をして失敗をして、本当に努力している人からみたらぜんぜん努力できてないし、たくさんのめんぼくないことをして、あるいは体調不良になって、それから気持ちが折れて何もできない気分の夜・・・・・・

そんなとき、じつにまわりの人は親切に助けてくれるのだなと実感したからです。わたしだったらそんなふうに親切にできないなあという親切を、わたしは他者からたくさんいただきました。そんなときに、自分がいかに恵まれているのかということを思い知らされます。自分がなにかを成し遂げられたとしたら、それは自分ひとりのちからではない・・・・。

そんなわけで、約束を守る、ということにこだわる自分もいるわけですけど、約束を守れないひとに対しても、寛容になりたいと思っています。いっそじぶんが約束を破りまくってしまうのも、いい体験かもしれません。もっと、自分はダメなんだよ、というのを、きちんと認識し、心に刻み込まなくては・・・・・・・。

なんだかわけのわからない日記になってしまいました。

西新井薬師の御利益で、おだやかな人間になれますように・・・。